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東京高等裁判所 昭和41年(行ス)11号 決定 1967年4月10日

抗告人(申立人) 遠藤馨

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は「原決定を取消す。東京教育大学学長三輪知雄が昭和四一年一〇月三一日付で抗告人に対しなした放学処分の効力を停止する。東京教育大学教育学部雑司ケ谷分校主事大山信郎が昭和四一年六月六日付で抗告人に対しなした特設教員養成部寄宿寮からの退寮処分の執行を停止する。」趣旨の裁判を求め、その理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

当裁判所の判断

一、抗告人は、本案がいくらかでも勝訴の見込ある場合は、公共の福祉に反しない限り、執行を停止すべきであると主張するが、処分の効力或は処分の執行の停止は、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき認められるものであるから、抗告人の主張するような要件だけでは、これを認めることができないので、右主張は理由がない。

二、抗告人は、普通科に在籍し、その修学期間は一年、在学期間は二年と規則で定められており、比較的修学期間が短いから、緊急性があるというが、原審決定に示されているとおり、処分が確定判決によつて取消されると以前の在学関係が回復されるもので右主張は理由がない。

三、抗告人は、本案について勝訴の確定判決をうることができても、(一)それ迄に早くて数ケ月、おそくなれば数年を経なければならないので、抗告人が既に七ケ月に及び修めた学習の結果はその時には殆んど効果なく、また(二)抗告人は現在健康で、且つ、昭和四二年三月までの修学については授業料減免の許可を得ているのに、この機会を逸すれば健康ならびに経済上どうなるかわからないから、生涯取り返えしのつかない結果を生ずることになり、また、(三)抗告人は昭和四二年三月まで有効な都内私立中、高校の教員採用基準となる検定試験結果を所有しており、放学になるとこれが無効同然となり、他に就職する場合、学校を通して就職するのが有利且つ確実であるのに放学になればこれが出来ない、また、(四)公立学校の教員採用条件が通例年齢制限は三五年になつているので、本案判決が長びいた場合教員免許を得ることが出来ても無益になるから執行を停止すべきであると主張するが右(一)の事由は、回復困難の損害とは認められず、(二)の事由はこの程度の事由があればとて「損害を避けるため緊急の必要あるとき」にはあたらず、(三)の事由は処分の当然の効果というを得ずいわゆる間接的損害というべきであり、(四)の事由は処分の停止をしなければならない「緊急の必要あり」とは到底いえない。したがつて以上いずれの事由も放学処分の効力停止のために必要な「回復困難な損害を避けるため緊急の必要あるとき」に当らないものと解する。

四、その他原決定にはこれを取消さねばならないなんらの違法な点もない。

よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、抗告費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条の規定により主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木信次郎 岡田辰雄 舘忠彦)

(別紙)

抗告の理由

一、本案が幾らかでも勝訴の見込あると思料する場合、公共の福祉に反しない限り(本件の場合、学校を混乱に陥れる場合)執行を停止すべきではないかと思います。

二、決定の理由に対して以下疎明します。

まず、本案勝訴の確定判決を得られるとするも、その期日が幾月幾年を経るか不明であり、普通科の修学期間が一年であり、在学期間が二年との規則がある以上、比較的修学期間としては短い故緊急性があります。又以前の在学関係が回復されても放学期間中に受ける損害は金銭に替え難い、回復困難なものと考えます。

三、修学期間については一年と限定されている以上、抗告人が現在授業に出席出来ないと、出席日数の三分の二以上の規定にもふれ、三科目不合格再試験不可能の規定にもふれ、結局は、わずか数ケ月の放学の為に四月以来修めた学習が形式上無益になるのである。忘却の点も考えると翌年又は幾年後かに再履修する場合、放学になる迄に学習した効果が現われる率は少くなります。各種学校である故、単位は他の学校に通用せず、半期の単位は効力がありません。

四、在学期間については二年間ですので法律上の無効取消しが現状に回復しても、この期間に休学又はその他の理由が生じた場合(放学の関係で就職にも影響し、経済的能力も低下して修学不能)など、現在であると心身共に健全で、三月迄の修学については授業料の減免(半期分)も許可されていますので、生活費も卒業まで心配ありません。抗告人としては、この良い機会に卒業を逸するのは一生涯取り返しが付きません。

五、金銭に替え難い回復困難としては昭和四二年三月迄有効な都内私立中、高校の教員採用基準となる(都内の私立中、高校の校長宛に配布されている名簿)検定試験結果も所有しており、放学であると無効同然になります。

盲学校に就職出来ないとしても、他に民間会社には就職する場合、学校を通して就職するのが有利で、確実性が強いのです。この場合、数種の証明書類も発行して貰える筈です。数年後でも可能ですが年令が増すと、ますます不利になるのが通例です。

抗告人の体は厳健な方ではない故、幾年後かに再び日雇をして修学出来るか、極めてあやぶまれます。抗告人は昭和三十七年痔ろうにて入院し、生活保護の世話にもなつた者です。

貯蓄の道がありますが、抗告人は現在、二十九才六ケ月であり、やがては配偶者の関係も生ずるとなると、まして妻子を養つて修学するなど不可能に近いのです。

六、公立学校の教員採用条件(盲学校は大半が公立)が通例年令制限三十五才ですので本案判決が長びいた場合、教員免許は全て無益になります。本案でなくも、執行の停止がある場合、教員採用の機会が出来ます。教員の採用は非常に厳しいのです。

七、被申立人の意見書による他の学生への悪影響などは抗告人に適合しません。被申立人は自己の悪意の行為を抗告人のせいにしているのです。執行停止申立書の通りです。

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